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お役立ちコラム
ピカソは何が凄いのか?偉大な芸術家の作品を楽しむために、初心者にも分かりやすく解説!
はじめに:ピカソは難しいと感じるあなたへ
パブロ・ピカソは、20世紀を代表する芸術家の一人として、美術史に燦然とその名を刻んでいます。スペインで生まれ、フランスを拠点に活動した彼の作品は、キュビスムをはじめとする革新的なアートスタイルを通じて、世界中の評論家や美術館から高い評価を受けてきました。しかし、ピカソの作品を見た多くの人はこう思うのではないでしょうか?
「これは何を描いているんだ?」
「なんだか怖い…」
「難しくてよく分からない」
この記事では、そんな疑問をお持ちの方でも分かりやすくピカソの魅力を解説します。読み終わる頃にはきっと、ピカソ作品を鑑賞したくなるはずです。

パブロ・ピカソという天才について
前述の通り、多くの人は「ピカソ作品は難解だ」と思うのではないでしょうか。しかしピカソは幼少期より神童と称えられるほど圧倒的な画力を持っており、10代の頃の作品群を見ると、とても少年が描いたとは思えないほど美しく、写実的な作品を残しています。なぜそれだけの才能を持ちながら難解な作品を制作していたのか。そして、それらの作品は何が凄いのか?
・キュビスムの確立
・政治的、社会的メッセージを込めた作品
・ギネスに登録されるほどの作品数
以上の3点から、ピカソの才能を紐解いていきます。
キュビスムの確立
キュビスム(Cubisme)とは、20世紀初頭にパブロ・ピカソとジョルジュ・ブラックによって創始された美術運動です。
対象を幾何学的な形に分解し、複数の視点から描くことを特徴としています。従来の絵画で重要視されていた遠近法を排除し、様々な角度から捉えた物体を立方体や円柱などの単純な形で表現する技法です。
ただ、ピカソが初めてこの技法を用いて制作した作品「アヴィニョンの娘たち」は、完成時にごく一部の友人たちにだけ見せた際、あまりいい反応はもらえなかったようです。しかしピカソが生み出したキュビスムはその後、未来派(Futurism)や抽象絵画に影響を与え、現代美術の基盤となっています。
子供が描いた絵のようにあえて不安定なバランスで描くことによって、美術の世界を広げたとも言えます。
政治的・社会的メッセージを込めた作品
「ゲルニカ」という作品をご存知でしょうか。
1937年に制作されたピカソの代表作であり、ピカソの故郷であるスペインの街、ゲルニカが無差別爆撃を受けた際の惨状を描いた作品です。モノクロで描かれた母と子、牡牛、馬、折れた剣と花。その凄惨な様子は見た瞬間に圧倒されるほどの迫力に溢れています。
ピカソは当初、パリ万博のスペイン館に展示する壁画を依頼されていましたが、ゲルニカ爆撃の報道を受けて急遽テーマを変更し、約一ヶ月でこの作品を完成させました。ただ美しいだけの美術品ではなく、社会に向けたメッセージを込めた作品を制作したことは当時の美術界において革命的と言えます。
ゲルニカは反戦の象徴として、現在でもスペインのソフィア王妃芸術センターに所蔵されています。
ギネスに登録されるほどの作品数
ピカソが生涯に残した作品数は、なんと14万点以上と言われています。
これは絵画だけでなく、素描、版画、彫刻、陶器なども含み、単純計算で1日平均5作品を生み出していたことになり、ピカソ自身の創作意欲の現れとも言えます。ただ、ピカソの作品数の多さは簡単なスケッチなども含まれていることも理由の一つです。これはピカソが存命の内から売れっ子のアーティストであったことに由来し、多くの作品が大切に保管されていることが要因の一つと言えます。
以上のことから、ピカソの美術史における功績と芸術への情熱がお分かりいただけたのではないでしょうか?
ピカソ絵画の代表的なシリーズと特徴
ピカソはその長い創作活動の中で、様々なスタイルと時期を経て数々の代表作を生み出しています。以下に主な制作スタイルとその時期を紹介します。
青の時代(1901〜1904)
哀愁を帯びた青系の色調が特徴。貧困や孤独をテーマにした作品が多く、美術的な深みが評価されます。19歳だったピカソは親友が自殺したことに大きなショックを受け、孤独と不安を抱えた心情を青色で表現したようです。
バラ色の時代(1904〜1906)
色彩が明るくなり、サーカス団や家族を描いた温かみのある作品が増えます。フェルナンド・オリヴィエという恋人ができたことで豊かな色調が生まれたと言われています。この時期の代表作「パイプを持つ少年」は、当時アトリエにボランティアできていた10代の少年だったそうです。
キュビスムの時代(1907〜1921)
「アビニョンの娘たち」に代表される幾何学的な構成が特徴です。ピカソの革新性が最も強く現れる時期とも言えます。
新古典主義とシュルレアリスム(1917〜1930年代)
写実と幻想が融合した作品が多く、女性像や神話的なモチーフが多用されています。初めてのイタリア旅行で古代都市や遺跡を訪れ、ルネサンスやバロックの作品を目にする機会があったことが影響し、新古典主義の時代が訪れます。またこの時期は妻オルガと息子パウロをモデルとした作品が多く残っています。
晩年の作品(1940年代〜)
エネルギッシュで自由奔放な筆致が特徴です。油彩、水彩、クレヨンなどを用いたカラフルかつ激しい絵を描きました。
当時のピカソの生活とそれぞれのシリーズを照らし合わせながら作品を鑑賞すると、難解だと思っていた作品でも読み解くことができるかもしれません。
美術史におけるピカソの存在とは?
ピカソは美術史における革命的な存在であり、20世紀の芸術を根本から変えた画家の一人です。彼の影響は単なる絵画技法の革新にとどまらず、美術の概念そのものを拡張しました。
ピカソは単なる「絵の上手い画家」ではなく、美術の概念そのものを変えた革命的な存在でした。彼の影響は今も続いており、現代美術の多くのアーティストが彼の手法を参考にしています。
ピカソ作品の価値
ピカソの作品は美術市場で非常に高額で取引されており、オークションでは数十億円以上の価格が付くことも珍しくありません。特に以下の作品は過去に高額で落札されています。
『アルジェの女たち(バージョンO)』(1955年)— 約201億円(2015年落札)
『夢』(1932年)— 約177億5000万円(2013年落札)
『パイプを持つ少年』(1905年)— 約143億2000万円(2004年落札)
『ヌード、観葉植物と胸像』(1932年)— 約128億9000万円(2010年落札)
『花かごを持つ少女』(1905年)— 約125億5000万円(2018年落札)
『ドラ・マールと猫』(1941年)— 約123億円(2006年落札)
ピカソの作品は、彼の革新的な芸術スタイルと歴史的価値によって、今もなお高額で取引されています。
最後に
ピカソの才能について、お分かりいただけたでしょうか?
もしピカソの作品を目にする機会があれば、この記事を読み返していただけるとより楽しく鑑賞できるのではないかと思います。
最後に、ピカソが生前遺した名言を紹介します。
「いかなる創造活動も、はじめは破壊活動だ。」
「子供は誰でも芸術家だ。問題は、大人になっても芸術家でいられるかどうかだ。」
「誰もが芸術を理解しようとする。ならば、なぜ鳥の声を理解しようとはしないのか。人が夜や花を、そして自分を取り巻く全てのものを、理解しようとしないで愛せるのはなぜだろうか。なぜか芸術に限って、人は理解したがるのだ。」
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